自然栽培

子育て・育児と育自 comments(0) - まんまるーむ
もう、20年以上前になるでしょうか。
無農薬、有機農業、でもない「自然農法」ということを知り、
「自然農法 わら一本の革命」の著者である福岡正信氏のもとへ
勢いで訪ねていってしまったことがりました。

月日が経って、今、
縁あって自然農法で作られたお米と野菜を宅配でいただいています。
自然農法を深め、広めていって下さった貴重な方々がいらしたんですね。
感謝感激です。ありがたいことです。日本の農家さん、万歳です。

その宅配を届けて下さっている会社からメルマガが届きます。
その中で、子育てに通じるなと思った一節があったので、
ご紹介いたします。

「自然は本当に正直だなと思います。
そして自然栽培の面白いのは、やはり自分ができているつもりでも、
正しいと思っていても、結果作物ができてこなければ、
なにかが間違っていて、
自分が自然に順応できていないことに気づけるところにあります。

こんな話は日常的にも、相手の立場に立つことや、
自分以外の誰かの意志に添うことを通して
みなさん体験されているのだと思います。

自然栽培の面白いのは、
その判断の軸が人や思想ではなく、自然にあるところです。

自然に裁かれる厳しさと心地よさがあるように感じます。

自然のリズム、自然の有様を掴んでいくことは、
自分都合・人間都合からの脱却ともいえます。

そこに現在社会の行き詰まりをひも解くカギがあるように
思えてなりません。

自然に向かって失敗を重ねることは、
その失敗の分だけ自然に添えていける。

自然栽培の農家が人間的に魅力的なのは、
そんなことが理由なのではないかと思うのです。」

どうです?何か感じていただけたでしょうか。

私が個人的にグッと共感できたのは
「判断の軸が人や思想ではなく、自然にあるところ」です。
そして、自然をつかんでいくことは
自分・人間都合からの脱却と言います。

我や個を捨てる、
捨てられないまでも、できる限り存在をなくして
自然を感じ、理解していくこと、
それは自然だけではなく、他者への理解、思いやりに通じていくのだと思います。

だいたい悩む時って、
どうすればいいのか、どうすることが自然(結局そういうことになる)なのか、
本当はわかっているそうなんです。
でも、そうできない「自分」がいるから、悩むんだそうです。
実家にあった教訓本みたいなのに書かれていました。

例えば、夜によく泣く赤ちゃん。
どうして泣くの〜と悶々、イライラしているうちは、
大変辛いですよね。
どうして!と思った段階で、人間(大人)の判断の自分都合。
自然をありのままに受け入れると、
「あ〜、はいはい、よしよし」って
泣いている赤ちゃんに寄り添う、ってことになるでしょうか。
確かに、付き合う親の身体はしんどいです。
でも、心持ちはちょっと楽になりませんか?

自分の「あーしたい、こーしたい」とか、
世の中の「こういうことをした方が良い」とか、
結構、「人・思想」判断で、
自分たち自身を苦しめているところがありますよね。
そういうことから脱却して、
自然にままに、しなやかに生きていきたいものです。
育児でも、結構いらんもの、たくさんありますよ〜。

自然を感じることが難しい、できない、わからない、そんな現代。
でもね、男女が睦み合って、生命を宿し、その命を愛おしく育てることって、
本当に自然の営みなんです。自然そのものなんです。
知識とか、科学とか、技術とか、そんなんじゃないんですよね。
太古の人間はできていたと思うのです。
もっともっと自然を感じていたし、自然とともに生きていたと思います。

それは、厳しいことだし、辛いこともたくさんあるし、決して楽ではないでしょう。
でも、心はきっと現代よりハッピーだったと思うのです。
楽ちんなことが幸せではないですよね。
喜びってもっと深いと思うんです。

自然栽培って、本当に厳しい、辛い、しんどいと思います。
やってもいない私が語るのも大変おこがましいのですが、
自然に左右されるわけですから、ほぼ思う通りになんていかないでしょう。
それでも、自然栽培をしている農家さんは
「自然栽培をしてから、精神的に、気持ち的には楽になった」
とおっしゃるのです。
そして、すんごいビックスマイルなんです。
めっちゃ、いい顔なんです。

きっと、ママたちが自然のままでいられて、同じような笑顔でいられたら
赤ちゃんたちも、とびっきりの笑顔満開になることでしょう。
なんて素晴らしい、満ち足りた世界でしょうね。

 
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