柳のように、さりげなく、いたね。

- comments(0) - まんまるーむ
太くて、がっしりした枝は、
強いし、重さにも耐えられます。
でも、あまりにも重い物、
例えば雪とかがどっさりと乗っかってしまうと
ボキッと折れてしまいます。
強すぎる風にも折れるかもしれません。

一方、柳の枝。
細くて、頼りないです。
風に吹かれるまま揺れて、しなりしなり。
でも、雪の重さにも折れません。
へたりますが、重りがなくなれば、元通りです。

枝を人間、雪や風を苦労や困難とすれば、
みなさんは、どちらタイプでしょうか。

前者の場合
強く頑張り過ぎたり、我を強くしたりして、
枝を太く強くしてしまうと、
大きな困難が重なったときに、
折れてしまうかもしれません。
ただ、立派だし、格好良いし、評価は高いですよね。

後者の場合、
強い風当たりにも、しなりしなり、吹かれるままに。
ある意味日和見です。
重い雪にも、どこまでもしなってへたりますが(へたれ)、
折れることはなく、重しがなくなれば、
またピーンと復活。

私は柳のように、しなやかにやっていきたいと
常々思っています。
が、なかなか難しいものですわ。

特にこの業界は、
熱血、しつこい、頑張るの大好き、やらないと気が済まない、みたいな人が多いので、
私には毒気がきついです。

先日、立ち読みをした中で、
これや!と思った見出しがありました。
「死ぬ気で頑張るから、死んでしまう」
100才過ぎた絵描きさんのお言葉でした。

私の周り、世間一般的にも言えると思いますが、
自分のことはさておいて、むしろ自分を削っているくらいに
とにかく相手のために働いたり、活動されている方って、
結構、病気になったり、40代くらいで他界されたりしてる気がします。
それはそれで、大変素晴らしいことですし、
どれだけ人々に喜ばれ、感謝され、
それなりに後悔のない人生だったと思います。
有意義に、太く短く、ってことでしょうか。
それもまた人生ですよね。

でも、できないんですよね〜、私は。
情けないのですが、無理ができない。
まあ、結局ヘタレなんです。
我も強いし。

頑張りすぎて、自分がおかしくなったら、
余計に迷惑をかけてしまう、という心配の方が、
断然勝ってしまうのです。
だから、頼まれたことは基本断るし、
やれない、やりたくないことは、きっぱり断ります。
情に流されたり、情に厚いってことはないですね。
昔はよく情にすがったりしましたけど。

無駄に長生きはしたくないですが、
死ぬ気で人のために働くことも、できない。
あ〜、ダメな私、と嘆いていたところへ見つけた
100才の言葉でした。
まあ、これでもいいのか、とちょっと安心した、
というか、言い訳を見つけた感じでした。

私は宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」がお気に入りです。
その最後の一節
「みんなからデクノボーとよばれ
ほめられもせず、苦にもされず、
そういうものにわたしはなりたい」
まさに、これが理想です。

柳のように、しなやかに、
いたか、いないか、わからない存在でいい。
さりげなく、居て、
気付かないところで、なんとなくお役に立てている。
もう、それで十分。
私的には、超イケてます!
 
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